「精神障害の労災認定」を読み直そう

今年6月にいわゆる「パワハラ防止法」が施行され、それに伴い、今年5月29日付で厚生労働省は「心理的負荷による精神障害の認定基準」を改正し、「パワーハラスメント」のできごとを追加しました。
上記は、今年6月2日付の産業保健新聞でお伝えしました。

ところで、「心理的負荷による精神障害の認定基準」ってどのようなものか、ご存知ですか?
仕事が原因でうつ病などの精神障害に罹ったときに、労災と認められるための基準のことです。
この基準は、厚生労働省が作成した「精神障害の労災認定」に書かれています。

◆厚生労働省「精神障害の労災認定」◆

主に企業の労務担当者の皆さまはすでにご存知と思いますが、今回、パワハラの記載が追加されたこともありますので、この「精神障害の労災認定」のポイントを改めてお伝えします。
なお、ドクタートラストでは、これまでも精神障害の労災認定基準についてはこの産業保健新聞などで度々お伝えしてきましたので、これらもあわせてご覧ください。



1.「労災」の基準であること

①ストレス-脆弱性モデル

「労災」のお話の前に、そもそも、私たちはどのようなときに精神障害になるのでしょうか。
「精神障害の労災認定」では以下のように説明しています。

外部からのストレス(仕事によるストレスや私生活でのストレス)とそのストレスへの個人の対応力の強さとの関係で発病に至ると考えられています。(P1)

この考え方は、「ストレス-脆弱性モデル」と呼ばれているものです(図1)

図1.ストレス-脆弱性モデル
<Zubin & Spring,1977.厚生労働省(2004)から引用>
1

横軸の「脆弱性」は、その人の病気のなりやすさを示しています。
これには、その人の生まれ持った素質(先天的な要素)と学習・訓練などによる生まれてからの能力やストレスへの対応力(後天的な要素)が関連すると言われています。
一般的には脆弱である人は生まじめでやさしい人が多いと考えられています。
縦軸はストレスの強さを示しています。
何をストレスと感じるかは人によって異なりますが、家庭内のことであったり、人間関係であったり、仕事上の関係であったりします。
また、戦争、大災害、親族の死など非常に強い外的な要素が発症を促すこともあります。
この2つの軸のバランスで精神障害は発症すると考えられています。

②仕事による強いストレス

そして、「労災」認定の要点は、精神障害が発病した際、その発病が仕事による強いストレスによるものと判断できる場合に限られることです。
つまり、精神障害の労災認定においては、ストレスを仕事によるストレス(業務による心理的負荷)と私生活でのストレス(業務以外の心理的負荷)とに分けて考えています。

図2.精神障害が発生するメカニズム
<厚生労働省,2018>
2

図2の個体側要因は、図1の「脆弱性」に対応するもので、この個体側要因のうち脆弱性を強める働きをする要因が多い場合は、精神障害が発病する可能性が高くなります。

③精神障害の労災認定要件

精神障害の労災認定要件は以下のとおりです。

①認定基準の対象となる精神障害を発病していること
②認定基準の対象となる精神障害の発生前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

ここでのポイントは、誰が感じる「心理的負荷」なのか、ということです。
この認定基準では、その精神障害になった方が主観的にどのように感じたり受け止めたりしたかではなく、精神障害になった方と職種や職場内の立場や職責、年齢、経験などが類似している方の平均的な感覚や受け止め方を基にしています。
したがって、精神障害になった方個人が強いストレスを受けていたとしても、上記認定要件の「心理的負荷」が直ちに決まるわけではないことに注意が必要となります。

④認定基準の対象となる精神障害

国際疾病分類第10回修正版(ICD-10)第Ⅴ章「精神および行動の障害」に分類される精神障害であって、認知症や頭部外傷などによる障害(F0)及びアルコールや薬物による障害(F1)を除く、となっています。

……ちょっと難しいですよね。
具体的な病名は、うつ病(F3)や急性ストレス反応(F4)、さらには統合失調症(F2)なども含まれます。
また、「…を除く」というのは、精神障害のうち脳が物理的(器質的)に損傷した結果発病したと考えられるものを除く、という意味になります。
なお、いわゆる心身症は、この認定基準での精神障害には含まれないことに注意する必要があります。

2.心理的負荷

①業務による強い心理的負荷

発病前おおむね6か月の間に起きた業務による出来事について、「業務による心理的負荷評価表」(別表1)により「強」と評価された場合、「業務による強い心理的負荷」があったと認められます。

ア「特別な出来事」
別表1に記載されている「特別な出来事」のいずれかに該当する場合は、心理的負荷の総合評価を「強」とします。
業務による心理的負担評価表(厚生労働省労働基準局長,2020を基に作成)

イ「具体的出来事」
記アの「特別な出来事」のいずれにも該当しない場合は、別表1の各「具体的出来事」のいずれかに当てはまる(または近い)かを検討します。
その上で、当てはまる(または近い)「具体的出来事」のそれぞれについて、「強」「中」「弱」を当てはめます。
「具体的出来事」の詳細は以下をご参照ください。
業務による心理的負担評価表(厚生労働省労働基準局長,2020を基に作成)

ここでのポイントは主に3つあります。
1. 長時間残業
上記イの「具体的出来事」のいずれかに当てはまるとき、長時間残業(月100時間程度)をしていた場合は、長時間残業がない場合よりも心理的負荷をより強く評価します。

2. セクシュアルハラスメント
業務上でのセクシュアルハラスメントによって精神障害に罹った場合も労災認定の対象になります。
具体的には以下をご参照ください。

厚生労働省「セクシュアルハラスメントによる精神障害の労災認定について」

3. いじめ・セクシュアルハラスメントの評価開始期
いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるものについては、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合であっても、発病前6か月以内の期間にも継続している時は、開始時からすべての行為を評価対象とします。

② 業務以外での強い心理的負荷

「業務以外の心理的負担評価表」(別表2)を使用して心理的負荷の強度を評価します。

③ 個体側要因

精神障害の既往歴やアルコール依存状況などの個体側要因をチェックします。

以上の手順によって精神障害の労災認定を行います。
なお、自殺については、以下のように記されています。

「業務による心理的負荷によって精神障害を発病した人が自殺を図った場合は、精神障害によって、正常な認識や行為選択能力、自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったもの(故意の欠如)と推定され、原則としてその死亡は労災認定されます」(厚生労働省,2018.P11)

3.課題

この認定基準については、いくつかの批判があります。
以下の2つを紹介します。

①発病後に悪化した場合

業務による強い心理的負荷が掛かる前に、すでに精神障害を発病している方が、業務上の強いストレスによってその精神障害が悪化した場合について、この認定基準では、その業務上の強いストレスが直ちにその悪化につながるとはしていない点が課題として挙げられます。
上記の場合、別表1の「特別な出来事」に該当する出来事があり、その後おおむね6か月以内にその病気が自然経過を超えて著しく悪化した場合には業務による悪化を認める、としています。
しかし、ものすごくハードルが高いのがおわかりいただけると思います。

② 日常的な慢性ストレスの軽視

この認定基準では、「出来事」による心理的負荷と精神障害との関係を評価する仕組みになっています。
しかし、「たまにしか遭遇しないライフイベント(事件的出来事)による急性の心理的負荷よりも、日常の生活において発生する混乱や落ち込みのデイリー・ハッスルズ(日常的煩わしさ)と言われている持続的な慢性の心理的負荷が精神障害の発症の原因となっているとされています」との指摘もあります(働くもののいのちと健康を守る全国センター,2011)

最後に、私たちはこの認定基準をどのように生かしていったらよいのでしょうか。
ひとつは、私たちは業務や職場を通じて思いがけなくさまざまなストレスをたくさん受けているということを改めて自覚することです。
もうひとつは、日々のストレスへの対処に生かすことです。
この認定基準で採用されているのは「ストレス-脆弱性モデル」です。
強いストレスが掛かると、私たち自身の素質やストレス対応力などの「脆弱性」が低くても精神障害になりやすくなる、と考えられています。
ということは、反対に、ストレス自体を減らしたり、ストレスへの対応力を伸ばしていくことによって、健康を維持できることになります。
ストレス対処法についてはさまざまな方法がありますが、ここでは以下の1つをご紹介します。

皆さんも、ぜひご自身の職場や仕事からどのようなストレスを感じ、また、どのような方法がストレス解消に役に立つかを考えてみてください。

<引用、参考>
・ 働くもののいのちと健康を守る全国センター「精神障害等認定指針改訂要請書」
・ 厚生労働省「心の健康問題の正しい理解のための普及啓発検討会報告書~精神疾患を正しく理解し、新しい一歩を踏み出すために~」
・ 厚生労働省「精神障害の労災認定」
・ 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について(平成23年12月26日付基発1226第1号、令和2年5月29日付改正基発0529第1号)」
・ Zubin,J.&Spring, B.(1977).Vulnerability—A New View of Schizophrenia. Journal of Abnormal Psychology,86(2),103-126.

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中島 健太

中島 健太株式会社ドクタートラスト 公認心理師・臨床心理士・産業カウンセラー

投稿者プロフィール

約20年間事務職に従事した後、ドクタートラストに入社。主に官公庁でのストレスチェックの受託業務を担当しています。
ストレスチェックは2015年12月に開始された新しい制度ですが、働く方のメンタルヘルスの改善に大いに役立つ可能性を秘めていると感じています。
「産業保健新聞」では、心理学分野から皆さまのメンタルヘルスに役立つ話題や、ストレスチェックに関連した話題を多く取り上げたいと思います。
【保有資格】公認心理師、臨床心理士、産業カウンセラー
【ドクタートラストへの取材、記事協力依頼などはこちらからお願いします】

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